<ダイヤネット>


教育・芸術文化


合唱祭誘導係ボランティア体験記

 

1.氏 名
鶴谷 緑平(64歳、男)

2.動機・活動経緯
私は、学生時代以降活動を停止しておりました合唱の世界に59歳から復帰しました。週に1回3時間、メンネルコール広友会という男声合唱団で活動しております。
バブル崩壊後の日本経済は非常に厳しい状況が続き、現役若手が合唱活動を継続していくために並々ならぬ努力と苦労をされている様子を身近に目にし、シニアの我々が出来る限り支えていかなければいけないと強く感じた次第です。
現役を引退すると同時に、会社の大先輩に紹介戴いてダイヤさわやかネットというダイヤ高齢社会研究財団関連の活動グループに入れて戴き、先輩達のご指導でイベント手伝いなど種々のボランティアを経験するようになってから、合唱の世界でも色んな催しのお手伝いを進んでするようになりました。

3.活動内容
「お母さんコーラス」「男声合唱フェスティバル」その他合唱活動を盛んにするための催しが東京都合唱連盟主催のものだけでも年に数回開催されますが、これらは全て、一部の連盟スタッフを除けば都度40名以上のボランティアによる協力で成り立っています。
ボランティアにはステージマネージャー(舞台上の諸準備とステージ進行)、場内警備、誘導、照明、録音、受付、接待、本部その他種々の業務があり、これまでの経験を勘案して担当が決められます。
私はこの世界での経験が非常に短いこともあり、これまで大半が誘導係を担当してきました。
誘導係の職務は、出演する合唱団のうち担当が割り当てられた合唱団を集合場所で出迎え、注意事項を説明の後、更衣室、リハーサル室、舞台袖と順に決められたスケジュール通り誘導し本番の演奏終了後はまた更衣室に案内し写真撮影など必要な場所を経て解散するまで、ほぼ1団体1時間強の仕事です。通例1人で3団体程度を担当します。

4.感 想
客席で演奏を聴ける時間が少しはありますが、大半はその周辺を動いている訳ですが、廊下のスピーカーからもすこしは漏れ聞くことが出来、終日音楽的な雰囲気に浸れます。それ以上に、出演者は全て練習の成果を聴いて貰おうと集まってきていますので、興奮し輝いています。自分が出演しない場合でも、周辺が興奮の坩堝になっている場合、気分が自ずと高揚し、とても気持ちの良いものです。
興奮状態の人はお喋りが過ぎて誘導係の注意をなかなか聞いて呉れません。貴重品は各人の責任でと口を酸っぱく言っておいてもステージ本番前に頼まれることがあります。一度などは、お母さんコーラスの時でしたが、幼稚園児を本番の間だけ預かるはめになりました。
緊張するとトイレに行きたくなるのは至極普通のことですので、集合場所で「ロングドレスに着替える前に行っておくようにしましょう」と注意するのですが、リハーサルと本番の間で必ずといって良いほどトイレに駆込む人がいます。

5.一言追加
支えて上げる方々が感謝してくれると嬉しいものです。肌目の細かい配慮をしてあげるためには、お相手の心理や会場の事情に通じていることが大切ですので、このボランティアは合唱団活動の経験者が望ましいと考えます。



筆者が撮影した友人の誘導状況スナップ

 



技術の伝承と記録


1.氏 名
助川 泉(69歳、男)

2.動機・活動記録
素材、特に金属は現代の産業社会を支える重要な基盤となっている。人類の産業発達歴史を見ても青銅時代に始まり銅、金、銀、鉛、亜鉛、近来のアルミを見てもこれらの製造技術は成熟化し日本から後進国に移動し日本の優れた技術は消滅しようとしている。

かつての有名大学にあった冶金学科や金属工学科の名称も無くなりつつある。又財閥系の三菱、三井、住友、古河等も資源、素材開発から現在の重点はハイテク技術、製品に転換して来ている。

これらに関連する技術は大学において従来集大成され、企業において試行錯誤により集積されていたが、現在は貴重な成果が伝承されること無く消失されつつある。

2. 活動内容
主として非鉄金属の製造技術について対象技術の選定、技術の成立条件、関連情報の収集、情報の体系的検討及び知的資源の集積を行う。戦略から戦術のレベルを会議で決定し、ボランテアから適任者を決定し依頼する。

ボランティア
大学、研究機関の教授、名誉教授(現、元を含む)    12名
企業関係者(現役を含むが殆どOB)              22名

期 間   平成13年4月〜平成16年3月(予定)

会 議   年3回開催及び成果の1部を学会に発表
大学、企業関係者とも従来の権威者、会議場所は業界団体の日本鉱業協会、データの取りまとめは千葉工業大学の支援を得ている。無論文献の収集は大学、企業の出身母体より協力を得ている。

記 録   一冊の書物に集約の予定。全ての文献の収録をCDに作成中であるが公開するかどうか著作権の問題より不明

補 助   日本学術振興会より年100万円計300万円の助成金を受けている。

3.感 想
日本が明治以来築き上げてきた技術レベルは産業発展に貢献してきたが、大学も従来の機械、電気、化学、金属等学科か無くなり情報、環境、バイオ等の名称に変り、会社も基礎素材は一部の例外を除いて輸入品に変ってきている。例えばアルミ製錬を見ても日本から消えつつあり、アルミ地金の輸入とリサイクル地金を原料としてアルミ缶の製造は大量に行われる。
本活動にアルミは入っていないがこのような技術の伝承のボランティア活動がぜひ必要と思われる。

4.一言追加
大学、会社で永年にわたり得た知識は我々の退職と共に消滅の危機にあり、大学の先生、企業のOBが協力すれば後の世代に伝承できる形で体系化することが出来るのではないかという危機感がこのようなボランテア活動となった。このほかにも日本の中小企業の技術についても同じ様なことがあると思われるし、「江戸開府400年事業」の伝統工芸の行事も共通点が考えられる。       

 


「好奇心の窓口」講演の体験
   

1.氏 名
高島 雅夫(68歳、男)

2.動機・活動経緯
会社定年の意識が強まる58歳の時に名刺が無くなることが気になり出しました。
そこで資格を取ることを考えたところ一緒にやろうという仲間と共に「健康生きがいづくりアドバイザー」(厚生省所管財団が主宰)の養成講座に参加しました。
全国から集まったいろいろな人約50人が3〜4日間を3回に分けた合宿研修を受講し巣立ちました。当初は自分の為、家族に役立つと思って参加した人も第3者の為に役立つことが大事だとの気づきが生まれました。私は余り仕事以外の本は読まなかったので、大書店で何となく探していたところ1冊の本(岩刻文字・古代ペトログラフ)に出会いました。これがキッカケになり約300冊の本の中から変わったところを独断と偏見で拾い出し纏めて「好奇心の窓口」と題して喋れる様にしてみました。あくまでも話題紹介であり詳しく知りたい方には原本をお教えすると同時にそれぞれの専門家のご意見も頂く機会としました。

3.活動内容
偶然、昭和21年春に北京から引揚船で上陸した仙崎港(山口県長門市)への訪問を考えていたところ健生アドバイザーの同期生よりジョイント講演の提案を受けました。長門市の商工会議所主催の会で約80名の参加者に対して第1回目の講演を無事済ませ、反響も良かったのでその後は
   社会福祉協議会(神奈川県葉山町)、ボランティア協議会(横浜市港北区)、
   ダイヤ高齢社会研究財団、地区協議会(新宿区、文京区、横浜市中区他)、
   健康まつり(湯河原)、企業OB会、一般企業など
要望に応えて基本的にはボランティアベースで約30回行いました。
講演の内容はキーワードとして「学校で習わなかったこと、最近判ってきたこと、謎とロマンがあること」で目の前にある事実を対象に心の遊びハンドルとして紹介してみたところ思わぬ交流も生まれました。
例えば「伊勢神宮の参拝道の両側に並ぶ石灯籠に何故菊のご紋章の他に2つの紋、合せて3つの紋が彫られているのか」、「米国の1ドル紙幣の裏のデザインに何故異様な目玉が光るピラミッドを使ったのか」それぞれどのような意味があるのか?などを問いかけたものです。そして話題は身近な日本古代縄文時代、江戸時代から現代、米国紙幣など自分で確かめることができるものを中心に選びました。また、内容が判りやすいようにオーバーヘッド・プロジェクターを使ってカラー投影を心掛けました。

.感 想
日本人は働き蜂で真面目一方の仕事人間が多いので、このようなメンタルヘルスに役立つかも知れない話題が結構喜ばれるケースもあって遣り甲斐を感じました。特に30代、60代以上の方々の反応が強く、話の後に時間がある時は情報の交換が出来てお互いに活性化されました。
また、人前で話すことは適度の緊張感が生まれ、一方質問に答えられるように関連事項については常に書店で新しい出版物をチェックする習慣がついた事はメリットと思われます。

.一言追加
一般に報道ニュースは過去のもの、情報は自分で判断するものと言われますが、普段から多方面より材料を集めるために異業種交流会などに顔を出すのも一手段かと思います。その後「好奇心の窓口―U」として「ワンワールド」、「666の謎」などをボチボチお話しています。

 「好奇心の窓口」講演風景  


          子供たちとの囲碁を楽しむ


1.氏 名
安東 征(66歳、男)

2.動機・活動経緯
平成14年秋、杉並区のボランティアセンターを覗いてみました。はっきりした目的意識を持っていた訳ではありませんが、私も間もなく高齢者の仲間入りをするので、先輩たちはどんなボランティアをしているのかな、という程度の興味からでした。
「オヤ、こんな囲碁でのボランティアがあるんだ!」 杉並区のいくつかの児童館で子供たちに囲碁を教えるグループがあり、その中の1つの児童館で指導者を募集しているとのこと。
「私の好きな囲碁が生かされるかも」 現地へ行ってみますと、数坪の図書室の一角で、小学校1年生程度の数人の子供たちがいくつかの碁盤を取り囲んでいます。何人かのお母さんや幼稚園児の弟妹たちも見守っています。他の遊びをやめて囲碁を覗き込む子供たちもいます。事情があって辞める前任者(2人1チーム)のあとを、別に応募されたパートナーの人と2人で引き継ぐことにしました。
(注)このグループは7年前にスタートし、今はNPO法人「市民囲碁ボランティアネットワーク」として、児童館でのボランティア以外に、親子囲碁教室の開催、外国報道機関の日本特派員への囲碁指導なども行っています。

3.活動内容
それから1年ちょっと、月1〜2回の「チャレンジ・ザ・いご」の面倒見が続いています。今は、1回に集まる子供たちは少ない時でも6〜7人、多い時は12〜3人にもなります。自分の力で囲碁を楽しめるようになった子供たちはよいのですが、初めて碁石にさわる子、まだつきっきりで手ほどきをしなければならない子・・パートナーと私は大変、1時間ちょっとを立ちっ放しで、右の子、左の子、向かいの子に対応します。それでも「先生」「せんせい」と呼ばれる嬉しさにつられて頑張ります。終わったあとの、児童館の方の出して下さるお茶の美味しいこと。
6ヶ月ほど経った平成15年春過ぎ、児童館の館長さんから、囲碁を覚えたいという姉妹と母親を紹介されました。父親の転勤で地方から引っ越して間もなく、やっとできた友達が囲碁をやっているので自分たちも、とのこと。「児童館での先生(私のこと)の評判を聞いて」という殺し文句に即OK。
また、夏休みになって、児童館の囲碁に熱心に参加していた子供たちの内の4組の親子たちへの個別指導も始まりました。それぞれの親子が月に1〜2度、公民館や区民センターの部屋を借りての2時間程度ですが、今も続いています。
みんな上手になってきました。そして、子供囲碁大会での活躍ぶりなどだけでなく、学芸会や運動会での出来事なども嬉しそうに話してくれます・・つい私自身も60年前のことを思い出したりしました。この子供たちが60年後に今の自分たちのことを微笑みながら思い出してくれますように。

4.これからの課題
囲碁は本来 1対1の競技です。相手の打った石を睨んで、自分の左脳に覚えこんだ定石や手筋(テクニック)を、右脳を働かせて自分の碁の形に組み立ててゆくものです。ルールは簡単ですが、意外に奥行きが深いものです。ですから、児童館での大勢いっしょでの限られた時間での勉強だけでは、なかなかその深みを味わえるところまではゆきません。
しかし、家に碁盤や碁石のない子も、親が子供の囲碁に関心のない子も、児童館での囲碁は楽しいみたいです。いろんな子供たちが囲碁に親しんでくれる・・私はこのことを大切にしたいと思います。私なりの工夫をしながら、できれば囲碁で大切な「構成力」を少しでも身につけて、これからの生き方に役立ててくれるようになれば、と念じつつ。 

写真は区民センターの1室で囲碁を楽しむ2組の親子

       


小学校課外授業
(昔の遊び)

 

1.名 前
藤本 秀夫(75才、男)

2.動機・活動経緯
孫の通っている地元の小学校で、課外授業として、おじいさんたちから昔の遊びを教わろうとの企画があり、孫を通して小学校から依頼があった。孫からもおじいちゃん来てほしいと言われたので、参加することにした。

3. 活動内容
二年生の孫の学年は二クラスで50名、当日は、体育館に全員集まる。先生から今日はおじいちゃんやおばあちゃまから、昔の遊びを教わり、楽しく過ごしましょうとの挨拶に続き、私たち年寄りが4人紹介された。男性2人と女性2人で、紙飛行機、けんだま、お手玉、あやとりで、自己紹介するとともに、児童たちの前で、実演を行った。私は予め新聞の折込広告で作っておいた飛行機を軽く飛ばしたところ、体育館の一番隅まで飛び、歓声が上がった。皆初めて見るような驚きようだった。4人の実演が終った後、4ケ所に分かれ、クラス半分づつ約12/3人に担任の先生も加わり、作り方、飛ばし方を4回行った。自宅から新聞の半ページ位の広告紙を約50枚持って行ったが、先生も持って来ておられ、先生が興味を持っておられるのが、よくわかった。
簡単な折り方で教えたせいか、いつも捨てている広告紙を使って作ったものが、ゆっくり飛んでいくのを見て感激したようだった。私も皆のあまりの喜びように驚いた。ここは、年寄りらしく、自分で作ったものは、ちゃんと持ってかえること、飛ばしたままにしないことを注意した。飛ばしたら取りに行かないで、また次を作るといった行動をとる子どもが多かった。 使い捨て時代に育った親に育てられているせいだろうか。
もう一つ驚いたことは先生方が夢中で取り組まれたことだ。
特に男の先生が熱心だった。翼の向きや形、重心のことまで終ってからこっそり聞かれるほどだった。
終ってから、子どもたちと一緒に給食を頂いた。小さい腰掛けにお尻の半分をのせて座った。「頂きます」と当番の声の後、半分位の子どもが席をたち、おかずの容器のところへ一列に並ぶ。量が足りないので、並んでいると思ったら、そうではなく残しそうなものや、嫌いなものを、容器に戻しているのだ。これには、こちらが驚いてしまった。私たちなら、皿に盛ってあるものは、残さず食べるという風に思うのだが、残して捨てるのは、もったいないと云う考え方のように感じられた。時代の変化を痛切に感じた。
翌日、孫が、何通かの子ども達のお礼の手紙を持って帰ってきた。これには感激した。たった3時間位のことで、こんなに喜びと感動を与えるものかと考えさせられた。
その後、通りで子ども達に会うと「おはようございます」と挨拶するようになった。

 4.感 想
今の子どもたちは、テレビゲームをやることが多く、鬼ごっこやかくれんぼや折り紙などの遊びが少なく、自分たちで遊びを創ることをあまりやっていないようだ。空き箱で何かを工夫して作り、それで遊び合うようなことが、もっとあったらよいと思う。

 5. 一言
機会があれば、皆様もこのようなことに参加されたらよいと思う。

             
                   適当な紙で折った紙飛行機

 


青年学級協力者体験記

 

1.氏 名
吉田 e夫(72歳、男)

2.活動経緯:動機
かねがね定年後は社会人として、現役時代には出来なかった地元でのボランティア活動に参加しようと思っていたので、62歳で退職後直ぐに大田ボランティアセンターに登録しました。初心者として成るべく多くの活動に参加しようとボランティアセンターの紹介には積極的にこたえ、区内の福祉園、養護学校、高年者福祉施設等の行事に参加、様々な体験をさせてもらいましたが、何れも単発で継続性に乏しいため物足りなさを感じ、活動先を特定しようと思っていましたところ、区報でコスモス青年学級協力者の募集案内があり入級した次第で、その後はボランティアセンターの紹介には選別して参加しています。

3.活動内容
活動体験ということですが、この学級での活動は普通の施設のとは趣が違うので、仕組みのあらましをご参考までに取纏めました。
<コスモス青年学級とは何か?>
@生い立ちと目的
この学級は昭和59年9月に大田区教育委員会(社会教育課青少年係)の所管事業としてスタートした。20年前にしては画期的なことであったと思う。この事業の目的は、肢体に障害を持つ学級生と其れをサポートする協力者が共に文化・リクリエーション活動や社会活動等を通して仲間作りをし、生きがいのある生活の実現・社会的自立度を高める事を目指すことである。
いわゆる福祉事業とは異なり介助技術の向上や機能回復的なことを直接の目的とはしていない。この学級は、学級生と協力者が活動を通じて相互理解を深め、各々の可能性を育てる機会の場として提供されたものである。
A学級の構成メンバー(人数は平成15年末現在)
・学級生(22名)  区内在住・在勤の18歳以上(高校卒業以上)で主に肢体に障害を持つ青年。新規入級は30歳未満まで。
・協力者(51名) 16歳以上で、学級運営や学級生のサポートをする青年等。
・学級主事(1名) 学級の活動や運営について助言・援助を行なう。
・区民生活部(区民生活課青少年係担当者 2名) 主催者*。青少年係は学級の事務局的役割を担当する。
*平成14年4月の組織大改正に伴い教育委員会から移管。
B活動について
(1)活動日
5月から翌年3月まで、ほぼ毎月1回(年間11回)日曜日に行なう。スタッフ会の開催日と併せ年度始めのスタッフ会で決定する。
(2)スタッフ会
4月から翌年3月まで13回、原則として水曜日夜に行なう。この会には学級生、協力者、学級主事、青少年係が出席し、主にプロジェクトから提案のあった活動の内容・実施計画他、学級運営等に付いて話し合い、決定する。
(3)プロジェクト
プロジェクトは月例活動の企画・運営・スタッフ会の運営進行を交代で担当する。(各プロジェクト年間2回程度)プロジェクトは事前打ち合わせ・現地の下見や受け入れ先等との交渉を行ないプログラムをスタッフ会に提案し、活動日には中心となってプランの進行役を務める。
メンバーは毎年の組替で、5月の開会式当日に学級生・協力者が5班に均等に配分されるよう「くじ引き」で決める。又担当する活動日も「くじ引き」である。
(4)活動班
協力者は活動日にはプログラムに参加すると共に学級生の介助(移動・食事・トイレ)を担当するので、介助がスムースに行なわれるように参加の学級生(性別・障害の程度を考慮)と協力者を合わせ、当日限定の活動班を編成し、各々に班長を定める。各班は状況に応じ臨機応変に他の班を応援する。
各班のメンバーは班長からの介助情報や班別の介助メモを確認し(学級生は各自が名札と一緒に携行)介助に当たる。
(5)バスの添乗
学級生の多くが車イス利用の為活動日にはリフト付のマイクロバスを区内の3コース(各1台)に運行させる。各バスには男女2名の協力者が添乗し、家族との連絡や移動中のバスで学級生とのコミュニケーションを図る役割を担う。行きには家族から介助情報(健康状態や活動中の注意すべき事等)を聞き、帰りは活動中に気付いたことを伝える。
(バス到着後と出発前に添乗・活動班長とプロジェクトは学級生についての情報交換を行なう。)
又、添乗は学級生が名札(介助カード在中)を持っていることを確認すると共に、必要に応じ会費やアンケート等を集める。
(6)その他の担当

学級運営上の係として、学級生と共に協力者も分担している。
・会計 活動日の会費等の記帳、年間の会計報告
・新聞学級内のコミュニケーション誌の発行等

4.感 想
協力者の活動日参加が少なくなっているようです。介助技術の向上を目的としていない学級ですが介助は活動日の運営には不可欠です。当日の人手不足は学級生の家族・ヘルパー、協力者の知人の応援によりカバーしていますが,止むを得ない一時しのぎの対応であり、当然のことながらスタッフ会、プロジェクト、添乗にも影響が出ており、学級運営全般の問題として継続的に活動できる人の確保策を立てることが必要と思います。

5.一言追加
ボランティア活動に参加するには「裃を脱いで」と云われています。現役時代の地位や業績をうっかりにしても口に出す事はタブーです。

 

 


東京国立博物館の生涯学習ボランティア

1.氏 名
井出 昭一(62歳、男)

2.動機・活動経緯
会社生活にピリオドを打とうとした直前、1昨年(平成14年)1月、日本経済新聞で東京国立博物館(愛称は「東博」)がボランティアを募集するという記事をみつけ、東博のホームページに詳しい募集要項が掲載されていることがわかりました。そこで早速、インターネットで詳細を照会してみたところ、単に必要事項を記入して申し込めば良いと思ったのは大間違い。「ボランティアの応募の動機」と「ボランティアとしてやりたいこと」をそれぞれ800字以内にまとめて提出せよとのこと。久しぶりに入学試験を受けるような気持ちで「答案」を提出したところ、「めでたく」合格となった次第です。「めでたく」というのは、150名採用予定(実際には156名採用)に対して応募者は約700名弱にのぼり、数名の試験官による厳正な採点の結果だということを研修期間中に知ったからです。

3.活動内容
東博ボランティアは正式には「生涯学習ボランティア」といい、その活動は、大きく分けて2つ。一つは、来館者の案内(展示品の解説ではない)、各種問合せに対応する、いわゆる「インフォメーション部門」と、もう一つは館が主催する講演会、列品解説(ギャラリートーク)、ワークショップ等イベントの協力・手伝いをする「普及活動部門」に分れています。
ボランティアとしての“義務”は月2日以上、活動日として“勤務”することです。
私の場合、両部門に登録しましたので、月4回日以上行くことにしています。報酬、交通費、食事代等の金銭的な支給はありませんが、金銭では評価できない精神的な充足、知的満足、こころの安らぎ、新しい仲間との交流が得られたことで満足し、十分楽しみながらボランティア活動をしているのが現状です。
昨年、6月10日にはダイヤネットの三菱歴史探訪会の皆様を、6月19日には、ダイヤ池袋の皆様をご案内しましたが、参加された方々からご好評のようで安堵しています。

4.感 想
私は、『東博ボランティアに三楽あり』と思っています。
その一つは、東博と来館者との懸け橋・仲介役としての楽しみです。お客様と一緒に作品を愉しむ、来館者との対話を通じ、新しいものの見方を教わるのは楽しみです。インフォメーション・カウンターでお客様の質問に答えたり、茶会やガイドを終えた後、心のこもったお礼や感謝の言葉を掛けられときは、東博ボランティア冥利に尽きるときでもあります。第二は、常に多くの美術品に接することができる楽しみです。とくに東博の楽しみは、何回訪れても毎回新鮮なもの(美術品)に出会えることです。また、講演会、列品解説、特別展解説会等に参加し、自分の研鑚・スキルアップできることも楽しみの一つです。
三番目は、同好のボランティア仲間との楽しいグループ活動です。私は@陶磁室エリアガイド、A茶会グループ、B法隆寺宝物館グループ、C庭園茶室グループ、D楽しいガイド・グループ等多くのグループに所属しています。いずれのグループも、意欲的・熱心なボランティアが多く、その交流、触れ合いから受ける多くの刺激は、これまた楽しいものです。

5.一言追加
「美術館は建物があり展示があるだけでいいというものではない。それだけだったら、美術品の陳列庫にすぎない。そこに生命を吹き込むのは人間(ボランティア)である。優れた建築空間と優れた展示方法をいかすための、人びとの息吹がなくてはならない。(ボランティアの)熱く、やわらかな、そして賢い心が満ちてこそ、美術館が生きはじめる。」

注:「美術館ボランティア 高田宏」(2001.10.27日経)に、私が括弧内を挿入。「もの」の豊かさから「こころ」の豊かさに関心が高まっているといわれています。「こころ」を豊かにするものは、文化・芸術です。感動し素晴らしいと心を揺り動かす機会が最も多いスポットが「東博」ではないかと感じるこの頃です。               

新春の表慶館
東京国立博物館の応挙館全景
よしの枝垂れ桜
応挙館茶会

  



日本中高年性教育研究会で草の根運動 
   


1.氏 名
高島 雅夫(68歳、男)

2.動機・活動経緯
平成7年、健康生きがいアドバイザーの仲間(8人)が集まり、某看護大学教授に中高年の性に関する講演をお願いしたところ、そのような教育資料は無いと断られました。そこで自分たちで勉強会を立ち上げようと「日本中高年性教育研究会:略称、日性研」を発足させ、先ず「中高年性教育相談委員養成講座」をスタートさせました。
我が国では未だ「性問題」は一般にタブー視される環境ですが、正しい性知識を普及することを目指し、民間で唯一の相談員養成認定機関として日本性科学会の先生方の協力を得て草の根運動で取り組んで来ました。

3.活動内容
相談員養成講座(定員30名)の概要は約8回の講義(日曜日)と高齢者保健施設の見学を含め日本性科学会への参加が可能で、最後に筆記試験、面接試験後に合格者に認定証が授与されます。
当初は相談員養成講座の受講資格は健康生きがいアドバイザーの有資格者か又は1期生の紹介者に限定し、外部からの不適格者の参加を避けるともにマスコミの誤解を警戒し一般には非公開で進めて来ました。機も熟して来たここ2年は朝日新聞による紹介記事が出たところ、周知をすればやはり社会的ニーズがあり2日間で全国から申し込みが殺到し多くの方に来年廻しにお願いする事態が発生しました。

講座の開催場所は公共機関(大井町きゅりあん)を活用し、受講生は医師を含め医療関係者、介護関係者、教育関係者、企業OB他で9年間に約232名認定しました。相談員から更に40時間の研修を行って電話相談員の資格認定を実施し約40名が取得、無料電話相談コーナーを月2回一般に公開しています。また、研究会の活動として講演会(一般公開)を毎年開催し講師として奈良林祥氏、大島清氏、上野千鶴子氏、金源會氏他の方々の協力をいただきました。一方、日本性科学学会で日性研の経緯を発表、更に平成12年のアジア性科学学会(神戸、12ヶ国650人参加)で5題発表し国際的にも認知を得ました。

以上の運営を約10数名の幹事がボランティアとして月1回の定例会議の他、講座の受付、研究会活動の企画・運営、会報発行そしてホームページの立ち上げなど協力しながら実施して来ました。

4..感 想
 
1)発足から9年を多方面からの幹事メンバーがボランティア活動として幾度かの困難を越えて支えて来ました。
  2)相談員養成講座の必須項目に八王子郊外の高齢者保健施設「はーとらんど、ぐらんぱ・ぐらんま」の見学研修を加えましたが、現場の状況を見聞することで高齢者の性意識について更に考える機会となりました。
  3)朝日新聞の紹介記事、NHKテレビの取材(首都圏ニュース、生活ホットモーニング、等)など少しづつ世間の理解が増しているのが実感されます。
  4)我が国では未だ性知識に関しては後進国並で40代、50代の人でもピルやバイアグラを使うのが身体に悪いように受けとめる風潮があります。

5.一言追加
 1)DAA冬の交流会で「中高年のセクシュアリティ」について発表したところ、後の懇談会で多数の方々から質問がありました。
  2)介護ヘルパー2級(国家試験)の教育課程(130時間)でも高齢者の性に関する問題が避けられてケアマネジャーの判断に任されているようです。一般の女性がヘルパーになってもセクハラで辞めるケースも多いと聞きますが適切な副読本でもあれば良いと思います。
  3)最近はパソコンの普及と共に性情報も自由にアクセス可能となり、小学生でも過激な画面を観れる時代になりましたが、教育問題として取り上げるべき大人が現状認識を避けているのは如何かと思われます。

中高年性教育相談員養成講座風景

     


府中面巧会の育成過程の概況

1.氏 名
望月 昭一郎(75歳、男)

2.動機・活動経緯
ダイヤネットの入会は、謡曲の会(光華会)関連や業務関係のこと,偶々私が能面に関するホームページを持っているところ、先輩の大前さんの紹介をいただきダイヤネットに入れていただいたような次第。従ってホ−ムペ−ジに関する作り方の説明を皆さんの前で説明をする羽目になった。(たいした力もないのに)。
然しその時代は皆さんの関心があまりないように思われた。然しながら時が流れ(2-3年)最近縁あって海軍関係のシニアクラスコンピュータグループの会合では、熱心に各自がHPを作る機運が横溢しており、社会的背景としてコンピュ−タが浸透してきたことを痛感する。
DAAに関しては暫くして、新しい波としていつの間にか飲み込まれたような感じで並行的に各グル-プに組み込まれ何か非常に多忙になった感じである。身の回りのイベントを整理しないことには身が持たぬような状況になった。

3.活動内容
主として趣味の領域で所謂ボランテイアの概念から外れているように思われそうであるが地域密着型のある種のシニア?活性化の活動の一つと考えている。ある会議に出て地域における高齢化社会のシニアを如何に活性化させるには如何すれば良いかと言うフォーラムに出た意見としては趣味グル-プを通じ各人の内なる心を目覚めさせる事からやってゆこうということになった。
此処では府中面巧会(能面打ちの仲間)を如何に育てつつあるかを紹介してみたい。当初は先生とManToManで東京地区と府中地区一人ずつで始まった。
やってる内になかなか楽しいものである。其処でそれぞれの地域で同好の士を集めてもう少し仲間を増やそうと言うことになり、私の方は能面のホームページを活用、府中の方は謡曲をやってるヒトに声をかけ働きかけたらば当初2人からスタ−トしたものが、現在12人になり、指導の範囲が5-6人が限度と言う事で2班に分かれ現在に至っている。(男6人、女6人)。
運営上の課題
イ)会場は偶々府中市の仕事をやっておられたヒトが居られ、公民館を安く借りることができ、2会場を利用させて貰っている。月2回、先生が指導し易いように2班を曜日を決めて運用。東京地区のヒトは各自の交通機関を利用し指定日に集まる。
ロ)府中のヒトが会計担当、東京のヒト広報、イベントの計画(2班の和を計り一泊のツア−を2年おき,日帰りツアーetcを組み合わせ)年一回の能面展実施、(現在府中の森美術館を利用)。
ハ)それぞれ皆さんの腕が上がり仲間の増員を図りたく考えている。先日もHPを通じ会に入りたいという同好の士が現れたが、交通機関の問題で(府中までの時間がかかりすぎる)断念された。
ニ)夫々の習熟期間は3年から7年に及び不器用な私でも怪我することも無く今日に至っているような状況である。

4.感 想
能面打ちを始めるそもそものきっかけは、謡曲から始まる。仕舞をやられるヒト、はやし方をやられるヒト、謡を極め先生をやられるヒト、謡と並行的に能面師をやられるヒト様々。各人夫々の道を選択、私は能楽に使う面(おもて)をやってみようと考えた。指先を使うとぼけ防止になるとか言われているが、現状考えてみてもヒトの名前が出てこなかったり、時々2階に上がり、何の目的で上がってきたのかが判らなくなったりしているところ見るとそれ程、能の活性化に役立っているとは考えられない気がする。
活動事例として書くと非常に草の根の活動が宣伝くさく、ボランティアの活動としてはその精神からすると何か大きく外れているような気がするが一つの事例として述べればこれらから何がしかのヒントになり、役立つことをアランと思い記述いたした次第。

5.一言追加
最近は地域密着型として藤本兄さんのご指導を頂き「男の為の体操教室」に参加、新たなる草の根の運動のひとつとして練功十八法(中国式医療保険体操)を習い身近なヒトにトレ−ナとして、挑戦して見ようかなと考えている昨今である。


ボランティア活動事例【ボーイスカウト活動】

1.氏 名
羽佐田 恭正(68歳、男)

2.動機・活動経緯
私の子供は男2人、ボーイスカウトで団体活動をさせようと比較的軽い気持で入団させました。昭和53年三鷹の社宅に住んでいた時のことです。その時はいわば保育園にお願いするような気持で親が手伝いをしなければいけないとは思っても居なかったのです。しかし、早速家内は動員されて1年間デンマザー(現在はデンリーダー)として毎週日曜日は子供をつれて集会に出掛けることとなりました。
家を建てて現在の横浜に移った昭和55年、家内からスカウトの手伝いの交代を要請されました。そこで渋々出掛けて行ったわけですが、子供達の父親、母親がリーダーとして実に熱心に活動しているのです。当初はハットと呼ばれるつばのある帽子をかぶり、半ズボンのユニフォームを着て家を出る事に大きな抵抗がありました。しかし、新米のリーダーとして色々な集会に参加している内に段々と抵抗感も薄れてきました。
戸外での活動はそれは楽しいものです。それにつられて横浜第115団という組織の中でカブスカウト隊のデンダット(現在はデンリーダー)、副長、ボーイスカウト隊の隊長といったリーダーの仕事、さらに団の副団委員長、団の活動を支援する育成会長といった役割をながながと続ける次第となりました。当初目的とした2人の子供達はもうとっくに退団しているのに。
数年前に現役は退いて名誉団委員として時々会合に参加しています。数えてみるともう24年もかかわってきたことになります。

3.活動内容
ボーイスカウト活動は1908年イギリスの退役将校ベーデン・パウエルが書いた
【Scouting for Boys】が運動の原点です。少年達がグループを組織し、年長者が指導しながら、色々な状況を注意深く観察して対応して行くことにあります。
私の属している団では、各隊がリーダーを中心に年間計画を作成し、それに基く予算を立て、毎月2〜3回集会を持ってそれぞれのクラスに課せられたカリキュラムを消化して行きます。リーダーは計画によっては事前に下見をして、隊員の安全を確保して行かねばなりません、また、夏には団全員でキャンプに行ったり水泳教室を開いたり、冬にはスキーにとプランは多彩です。従ってリーダーの休日はスカウト活動で埋ってしまうと言っても過言ではありません。
また、リーダーは泊りがけの講習に参加しないと資格が与えられません。私も研修に参加した時は先輩の指導者に子供並に扱われて鍛えられました。
さらには、神奈川県の指導者の集まりがあります。私はそこまで参加すると土曜・日曜が塞がってお客さんとのゴルフの付き合いが出来なくなるのでそこは勘弁して貰って団での活動に限らせて貰いました。夏もキャンプで会社を休んだりするので、ボーイにかかわってからは一家での夏の旅行はなくなりました。

4.感 想

昨今の問題の一番大きなことは少子化です。スカウトの減少で団の活動が出来なくなった団も出てきています。一方、子供達が忙しいことも問題で、塾や習い事で出席率が低下して、本来の班を中心にした活動が出来難くなっています。
また、数年前からボーイスカウトは女の子の入団を受け入れることとなり、ガールスカウトの女性だけという運営と対照的な位置付けとなっています。女性を含んだ野外活動はそれなりの制約が生じてくることと思います。
しかし、横浜第115団は隊員も減少せず、リーダーも若手のお父さんやお母さんがよく頑張っていて安心しているところです。


 

夢工房わらぶとん(親と子の木工教室)
アシスト ボランティア活動記

1.氏 名
小原 眞二(71歳、男)

2.動機・活動経緯
平成 7 年 2 月新聞のボランティア訪問欄に大工ボランティアの記事が載った。
自宅の近くであった為、電話で照会したところ一度見に来て、と言われ 5 月に見学参加した。本職の大工さんが主宰しているボランティアグループで、主に世田谷区役所のイベントに協力、健全な青少年育成や福祉活動で人と町に夢を贈る「人作りが町作り」をモットーとして活動している。
児童の夢を育て、意志の強い子に育てる。障害者及び高齢者の福祉も支援している。特に児童においては「よいこの学校」の名称で木工教室をイベント会場等で行っている。私も日曜大工や木工工作が好きで、子供たちの夢の手伝いが地域で出来ればと、家内と共に参加している。

3.活動内容
区役所のイベント協力や出前教室など年間 10 回以上の行事がある。
工作は木製の植木鉢、本立て、一合升、ミニ水車、絵馬、伝言板、ミニトロッコ等々材料を組みながら親と子が協力して、げんのう(金鎚)やくぎ抜きを使って完成させる。我々は(男性・女性とも)お揃いのエプロン又は半纏を着てアドバイスをしたり手伝ったりする。女の子も男の子も、お父さんお母さん、おじいさんおばあさん等と一緒に。うまい子も下手な子もいる。子供と大人の心が通い合うひと時である。女性のメンバーは材料の仕分けや受付、細かいところにも気を配る。一日の終りに、あと片付けと反省会のミーティングがある。色々な意見が出て参考になる。
参加した主な行事は
(世田谷区役所)…新年子供祭り、親と子の集い、ふるさと区民祭り、保健と福祉の集い、区民ふれあいフェスタ など。
(東京都児童館)…お正月を遊ぼう、オバケ屋敷作り など。
(その他)…養護学校出前、尾山台フェスティバル、三茶フェスタ、区内小学校出前など。

4.感 想
参加してから 9 年が過ぎた。親と子の触れ合う機会が少ない中で、このような場で、子供たちが健全に成長してほしいと願いながら、体の続くうちは続けて行きたいと思っている。

5.一言追加
完成したら、「ありがとうございました」と挨拶をして作品を持ち帰る。中には何もいわない子もいるが、そういう時はほとんどの親御さんが、子供に挨拶をするよう教えている。教育の場にもなっていると思う。ボランティアは人の為より自分の糧になっているのではないか
と思う


木工、植木鉢づくり指導

 

 

B.社会福祉

D. 国際協力その他

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